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書籍から喪失を学ぶ

喪失に対する考え方や勇気を学んだ本から一部を引用しています。

神様がくれた弱さとほほえみ

タイトル 神様がくれた弱さとほほえみ
著者 西村 隆
経歴1960年、兵庫県に生まれる。 関西学院大学神学部を経て、神戸聖隷福祉事業団に入社。 1994年、10か月の育児休暇を取得。1997年、ALSを発病。1999年、退職。 4人の子どもとパートナー雅代さんの6人家族。 芦屋市在住。
出版元 いのちのことば社

喪失に対する考え方や勇気を学んだ内容のご紹介

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はじめに
私が発病したのは、1997年。ALSという病気は、私からいろんなものを奪い続けています。65キロの体重が48キロに。ある人に言わせれば、「マァ、うらやましい」ということになるかもしれません。残念でした。20キロ近く落ちたものは 、いきていくのに必要不可欠な筋肉です。歩くことも、腕をわずか数ミリ持ち上げるにも、空っぽの頭を支えるのにも必要な筋肉です。
その筋肉がゴッソリと落ちて、不必要な脂肪がお腹のまわりについています。仕事、野心、社会的な 地位、自由、そしてことばを失いました。何も話ができない。気持ちを伝えられないもどかしさ、苛立ちはいつも重い影となって心にのしかかります。でも、声に出せなくても、空に浮かぶ雲がたっぷりと水を内に含んでいるように、心の中には 言葉が満ちています。
いつか、雲が雨を降らすように、私もことばを、外の世界に出したいと考えていました。でも、漠然とした思いだけで、時間が過ぎていきました。

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自宅で療養を始めてすぐから、大学院で「死生学」を学んでいます。クラスでは毎回違うテーマが与えられて、活発なディスカッションがあります。私も大いに刺激を受けます。でも話の輪に入れません。長い間、私は自分の考えをクラスで 発表しませんでした。「まっ、良いか・・」だるまになることに慣れてしまっていました。そのほうがお気楽です。
ある日、講義が終わってアテンダント(介助人)と文字盤で話をしていると、クラスに参加していたYさんが声をかけてくれました。Yさんは 奥様を白血病で亡くされた方です。そして一つのエピソードを話してくれました。奥様が入院していた同じ部屋に、とても苦しそうな表情のAさんがいました。しばらく様子を見ていると、Aさんが話しができないことに気がつきました。そこで、まったくの 思いつきで、五十音表を作ってAさんに差し出すと目が輝き、指で次々に文字を指しはじめました。Aさんの表情は文字盤を使うようになってからは、明るくなりました。
Yさんはその出来事以来、文字盤に特別な思いがあるようです。

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数回のメールでのやりとりがあり、Yさんの強い勧めで、クラスで私の今について発表することになりました。言葉を失ってから自分の考えを発表するのは初めてのこと 。学生との問題意識の違い、年の差などを気にしながら一時間でした。討議の時間は活発なものでした。と同時に自分の体験、考えを二十人ほどの人と分かちあえた喜びに、心が高ぶりました。この体験が種になりました。
私が著したいものは 、「闘病記」とは少し違います。病気は確かに命を含めて多くのものを奪い続けています。にもかかわらず、まったく失っていないものもあり、なおかつ病気になって得たものも確かにあります。「共病気」とでもつけましょうか。強がらず、飾らず、雲の ように自由に言葉を紡いでいけたら。そんな思いでよーいどん!
ALSについて
他サイトより引用
身体を動かす神経が変性し、全身の筋肉の動きに障害が及ぶ進行性の神経疾患。年間に新たにこの病気にかかる人は人口10万人当たり1~2.5人。国が指定し治療費の公費補助のある特定疾患の一つであり、受給者は全国に約9000人いる。
発症年齢の平均は60歳ぐらいだが、40歳以下で発症する例も約1割程ある。
最初は、物をつかみにくい、転びやすい、ろれつが回らないなどの症状から始まり、進行すると呼吸筋の機能不全による呼吸困難が起こる。原因は不明で、治療法もまだ確立 されていないが、嚥下障害や栄養障害に対しては経管栄養を行い、呼吸困難に対しては人工呼吸器を装着することにより、余命を大きく延ばすことが可能になっている。
かつては呼吸筋まひまでが余命とされ、その期間は発症からおよそ3年とされていたが、 現在日本には呼吸器を装着してから20年以上、在宅で生活している患者も多数みられる。
ALSは、自分で身体を動かせなくなっていく一方で、眼球を動かす筋肉と、尿道や肛門を引き締める括約筋は比較的最後まで保たれることが多い。
また、痛みや寒暖、音やにおいなどの感覚や、思考、感情などは病前と変わらず保たれる。したがって、個別の症状に応じた適切なコミュニケーション法を実施することで、周囲の人と意思の疎通ができる。文字盤や口文字盤、可動筋肉を活用してコンピューターに入力する 方法などが広く利用されている。
治療に当たる専門科は神経内科だが、初期の症状で診断を確定するのは難しく、多くは同じような症状の現れる様々な病気をMRIや筋電図などの検査によって除外した上での診断となる。
メジャーリーグの名選手、 ルー・ゲーリックがこの病気だったことからアメリカではルー・ゲーリック病ともいわれている。また、近年は、運動神経(運動ニューロン)が障害される病気の一つと捉え、ALS/MND(motor neuron disease)と呼ばれることが国際的に多くなってきている。
(石川れい子  ライター / 2014年)出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」/

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Page 16
その1
たった一言
なんでもない、小さな言葉が人生を支えることがあります。それはゲーテやシェークスピアといった詩人のことばではなくて、有名な小説の一節でもありません。その人だけに特別な意味を持つ、いのちの言葉。そんな一言に出会ったことは ありませんか。
「夏休みにハワイに行こう」「ワァーすごい、飛行機に乗れるんでしょ。かっこいい」発病した最初の夏に家族でハワイ旅行に行きました。小学校になったばかりの娘を頭に、三人の子供を連れての珍道中。
子どもたち にとってはワクワクウキウキの楽しいばかりの旅行ですが、私たち夫婦は大きな決断を胸に秘めていました。
「これが最後の旅行になるかもしれない」ALSは病気の進行の速さに個人差があります。発病して半年もたたないうちに全身麻痺に なる人もいれば何十年も進行しない人もいます。「とりあえず、この一年を精一杯、悔いの無いように生きよう」夫婦の間でそんな話をしていました。
車を運転して買い物に行き、話もまったく支障がありませんでした。一見したところ、健康その ものでした。よく笑い、明るく過ごしていました。でも、でも、心の中はズタズタに引き裂かれていました。一つには肉体的な疲れ。ふつうなら十分で歩ける道のりを三十分、四十分かかりました。例えば、おしめたたみ。四十枚ほどの布おしめ、子供でも 十分ほどあればたためるものを、たっぷり一時間かかっていました。
なにもそこまですることはない、「疲れたら休むこと、無理しない、頑張らない」何度も忠告されました。「はいはい」と答えるものの、本心は「何を言うか。今、頑張らないで、いつ 頑張るのか」

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大げさに言えば命がけで、洗たく物を取り入れ、食器を洗い等々、少しでも役に立ちたいと必死でした。(命がけなんて大げさな・・・)確かに大げさ 、でも当時の私の心情を表すのに、「いのちがけ」ということばでしか当てはまりません。理屈や合理性の問題とは全く違った世界からの強い力が私を突き動かしています。
こころと肉体のギャップ。バランスを失った気持ちは揺れ動き、限界を 超えて張り詰めた糸は切れて、涙になりました。---中略
サムさんの家は小高い丘にあって、きれいな海を一望できる静かな街にありました。夕方、十人ほどの人が集まりテーブルを囲みました。アメリカでは日常的にあるホームパーティで、 滞在中、何回か招かれました。
どこの国でもパーティの主役は女性です。私とサムさんは楽しいおしゃべりに耳を傾けていました。すっかり打ち解けとけたころ、話題は私たち家族に移りました。もう、何回となく話し慣れた病気のこと、将来、家族。 明るい雰囲気は一変して、真剣でかつ深い同情の会話があふれました。
それまではほとんど口を開かなかったサムさんがポツリ、ひとりごとのように「安心しなさい、子供たちはあなたがいなくなっても、しっかりと生きていくよ。大丈夫、安心しなさい」 そのことばに触れた時、「あっ」と小さく叫びました。そして次の瞬間、涙があふれて止まりませんでした。
でも今まで流した涙とはまったく違うものです。それまでは流した涙は、くやしさ、怒り、無念でした。冷たい涙は、こころもたましいも凍らせます。 今回の涙は、重荷、緊張から開放された、喜びの熱いものでした。

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Page 40
その4
やまい 1
不治の病気を宣告されても私は、だれにも負けないくらい、しあわせです。病気になったくらいで、こわれるような しあわせよりも病気になってより強く実感できる、しあわせを創りませんか
Aさんがお見舞いに家を訪ねてくれました。 とても熱心なキリスト教の信仰を持っていて、私の尊敬するお一人です。「ごめんなさいね、もっと早く来たかったけど」当時はまだかろうじて話ができましたから、昔話にも花が咲き、とても楽しい時間でした。Aさんが帰る際に、いつものように お祈りをしてくれました。
「一日も早く健康が与えられ、今の苦しみを取り除いてください」彼女の祈りは、誠意にあふれて温かいものです。でも、少しだけ私の祈りとは違いました。

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その4
やまい 2
病気の告知を受けた時、有効な治療法がないことも言われました。治らないと宣告されたとき、二つの気持ちが同時に湧いてきました。一つはだれもが持つ「現代科学のシンボルである医学から見放された絶望感」もうひとつは 「医療、病院から開放された安堵感」
この矛盾する感情は、今もジレンマとなって気持ちを揺さぶります。この時に私は「治るとか、以前のような健康になることはあきらめて、この病気とうまくつき合っていこう」と決めました。 ところが同時に世間の「病気の人は少しでも良くなる為に最大限の努力をすべし」「健康は何事にも代え難いという絶対的な価値観(健康神話)」という常識に追いかけられることになりました。
「とても良い医者が東京にいるの。 難しい病気を沢山治している有名な人、会うだけでも会ってみたらどう?だめでもともとなんだから」医者が指圧師になったり祈祷師になったり、ほかには漢方薬に霊水、お守りに御札等々。

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どれにも病人の治りたいという切実な願い、「おぼれる者は藁をもつかむ」という気持ちが隠れています。「治るとか、以前のように健康になることはあきらめて、この病気とうまくつき合っていこう」この私の決断を理解してくれたのは、 パートナーの雅代でした。
紹介してくださる方は皆さん、真面目で真剣、だからこそ、雅代が防波堤になってこれらの誠意ある申し入れの波から私を守ってくれなかったら、きっとパニックになっていたでしょう。
---何も病気をそこまで目の敵にしなくてもいいんじゃないですか---
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その4
やまい 3
---中略
私は、病気と闘うな、とは思いません。現在医学で不治とされたとしても、治癒した例はいくつもあります。治る希望を持つことも大切です。ただ、私の場合、限られた時間、エネルギーを、治ることだけに使わないで、生活 全体にうまく配分しようと考えました。例えば、家族との日常生活、趣味、人に会ったり等々、、、。
闘病にはものすごいエネルギーがいります。病気にもよりますが、治療した後、疲れ切ってグッタリ。例えば全てを犠牲にして勝ち取れた 健康だとしても、もしも幸福な人生を過ごせなかったとしたら。犠牲にしたものの価値の大きさに気がつくことになります。
人生の目的は、健康で長生きすることではありません。もっと内面的、精神的、霊的なことが大切です。

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私の生活は大勢の人に支えられています。中でも医療スタッフの役割は大切です。病気とうまく付き合うためには、痛み、疲労、生理的不安感などをできるだけ取り 除くことが重要です。医療スタッフとの協力が不可欠です。
でも主人公はあくまでも私。私がどんな人間で、何を大切にしているか、皆よく知っています。それを尊重して支えてくれるのには、感謝しています。
Aさんがまた、訪ねて くれました。彼女には毎年クリスマスカードを送って、近況を伝えています。以前お会いした時よりも、私の病気は進行していて、歩行器から車いす、話も文字盤を使ってしかできなくなっていました。初めのうちは何となくぎこちなさはありましたが、 すぐにうち解けました。そして、別れの時、いつものお祈りがささげられました。
「主は彼に病を与えられました。彼は信仰を持ってこれらを受け入れ、今を恵みの時として、主を賛美しています」祈りはいつの間にか、私の祈りにもなり、声は Aさんですが、私も同時に声を出して祈っている。不思議な体験でした。
そこには、病人は不幸という考えはなく、まっすぐ私を見てくれる、温かいまなざしがありました。

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Page 168
その20
共に
病を得て、数え切れないものを失い続けています。例えばそれは、ハンバーガーにかじりつくこと、町を歩いたり、お喋りしたり、何かをすること、できること。英語で言えばDOINGの世界に生きること。そこにこそ、生きる意味や価値があると 考えていました。「私でも生きていても良いのかな」不安で仕方がありません。
病を得て、数え切れないものを失い続けていても、残るのものがあります。何もできないかもしれないけど、私は今、確かにここにいます。英語言えばBEING の世界。ここにも生きる意味や価値があると気付いたとき、「私でも生きて良い」不安は去り、心にゆとりができました。
病を得て、数え切れないものを失い続けても、私を見つめる目があります。私はその目にどんな姿を映せるだろうか。 悲しんではいられない。「私は、より幸せに生きるべきだ」幸せを問い始めました。
無駄なものがそぎ落とされて、はだかになったたましいが感じたものは、人の温もり、共にいる幸せ。私の幸せ、ありえない。あるのは、私たちの幸せ。私の いのちが、パッとはじけて、ひろがりました。
共にあるいのち。共にいる喜び。そしてイエスと共に。

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サイト運営者から 神様がくれた弱さと微笑みは全20編のエッセイから成っています。その中から3編のみご紹介しています。ALSという難病にありながら、逞しく生きておられる姿は感動です。どうぞ、残りの17編に興味がございましたら、書店での 書籍購入をお願い致します。
出版社 いのちのことば社  定価(本体1,334円+税)

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