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書籍から喪失を学ぶ

著者から喪失に対する考え方や勇気を学んだ本のご紹介。

悲しみが癒えるとき

タイトル 悲しみが癒えるとき---伴侶との死別から立ち直るために
著者 長田 光展
著者経歴 1936年、沼津市生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究所博士課程修了。現在、中央大学文学部教授。アメリカ演劇専攻
出版元 新水社

喪失に対する考え方や勇気を学んだ内容のご紹介

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妻からの贈り物
これまで病気というものを知らなかった妻が大腸癌の手術を受けた。妻は不調を感じていながら、一日一日と延ばしていた。家系に癌を患ったものがいなかったから、よもやと思い、そしてどこかで恐れていたのかも知れない。 癌はすでに腹膜に転移していた。手術をして、主治医からあと三ヶ月から六ヶ月という宣告を私だけが受けてしばらく後、久しぶりの日差しを楽しむために、私たちは病院の中庭に出た。妻が何気なく手術の結果を私に聞く、「手術は 成功だったよ」と答えたものの、その答えはいかにも冴えなかったに違いない。「なんだか冴えない答えね。でも、まさか二年とか四年とか、ということではないのでしょう」と妻が言った。私は言葉に窮し、このときほど生きている者の 罪深さを感じた事はなかった。それまでの私は、生きることだけにかまけて、妻を深く見つめることも、妻の命をいとおしむこともしてこなかった。その妻が、いま死を目前に控え、この世での命を終わろうとしている。私は自分の愚かさを 深く恥じ、初めて妻の命を自分の命として渇望した。私はなりふり構わず神に祈った。

↑ PAGE TOP人はこんなことにでもならない限り、心のやさしさ、命の大切さに気づこうとも しないのだろうか。消え行く命を燃やしながら病魔と闘う妻を見つめながら、刻一刻と美しさを増す妻の初々しさに感動し、こころの奥底から疼きのように込み上げてくるいとおしさを如何ともし難かった。 私は、妻がいま遂げようとしている息詰まるような成熟を自身のものとして渇望した。同じ成熟をとげることだけが、妻の命を生かす唯一の道であるにちがいないと信じながら。妻の命が消えたとき、まるで当然のことのように、妻が 残した永遠の命を生きてみようと決意した。それは、かってなく真実な悲しみを残してくれた妻からの贈り物に思えたからだ。(妻は平成二年九月八日に他界しました)

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伴侶の死をどう
克服する?
文芸評論家、江藤淳氏の突然の訃報に接したときには、ひどく驚いた。報道その他によれば、慶子夫人の死が氏の自死の決断に大きく影響していたという。伴侶の死が、ときに克服しがたい悲嘆を生み出す事実を 、改めて知る思いがした。長らく生活を伴にしてきた伴侶の死は、残された者に実に様々な思いを残すのが普通である。その一つは、言うまでもなく大きな喪失感である。伴侶は多難な時代を共に支え会って生き抜いてきた 戦友であり、人生という一度限りの時間を共有してきた一心同体の片割れである。その死が、自分の身体の一部を失うことのように感じられたとしても不思議はない。
そしてさらに厄介な感情に罪悪感がある。どうして もっと早く気づいてやれなかったのだろう、病院選びが安易すぎはしなかったか、もっと打つ手はなかったのだろうかなど、第三者の目から見れば非のうちどころもない看護なのに、残された者の心を責める声は後をたたない。

↑ PAGE TOP死別後の最も危機的な時期は、死別直後の動揺期でもなく、弔いの行事もすべて終わり、あらためて一人残された寂しさを噛み始める六ヶ月後 から一年の間である。深い抑うつ期が始まるこの時期、最も大切なのは、悲しみに忍耐強く耳を傾けてくれる聞き手の存在である。悲しみは抑圧するのではなく、解放すること、心の拘束を解いて素直に語ることが必要なのだ。 そして、抑うつこそは、生きる力を模索する無意識の心の大切な働きであり、もうすぐその先が、暗いトンネルの出口であることを知っておくことも大切である。独り身の生活が圧倒的に多くなるこれからの時代、悲しみを乗り越え て生き抜くためにも、私たち一人一人が癒される者であり、同時に癒す人でもあるという自覚が、ますます必要になるだろう。

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悲しみ、安らぎ、
生きることの美しさ
悲嘆感情に襲われた時、通常は、時間をかけてこの感情に耐え、薄らいでいくのを待つだけですが、用心が必要なのは、その間にそれが複雑化したり、慢性化したりしてしまうことです。そうならないためにも、この時期 一番必要とされるのは、その悲しみに忍耐強く耳を傾けてくれる聞き手の存在です。---中略
しかし、伴侶の死という人生最大の危機がもたらす悲しみが、そう簡単に消え去るとは思えません。悲しみは、それと真っ向から 闘っているときには、なかなか本当の姿を現してくれません。当座の闘いが終わり、ほっと一息入れ、改めて伴侶の不在をしみじみと感じ始めるときに、悲しみは、より深い真実の姿をとって現れはじめます。本当の悲しみは 死別とともに来るというよりは、時間と共に、あるいは安らぎと共に来るのだといってもよいくらいです。激越な悲嘆のさなかにあるときの悲しみは、悲しみというよりは、ショック、混乱、急性の不安症状といった、状況の変化に 大きく影響された仮の悲しみであることが多く、むしろ時間と共に真実の悲しみを発見していくというのが本当なのかもしれません。

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立ち直ることと
癒されること
次第に立ち直ってはいくものの、「癒し」のすがすがしさがありません。いつも心の奥のほうから叱責する声が聞こえるからです。「お前の悲しみは純粋ではない、おまえは妻の死を願っていた。」追悼文の中でも、触れる ことのなかったあの「やましさ」の感情でした。立ち直りは、悲しみに慣れ、悲しみの意識が鈍化することからも訪れます。しかし、そうした立ち直りには、永続する安らぎや平安が伴いません。本当に立ち直るには、やはり「癒し」の感情 が伴わなくてはならないのです。では、どうすれば「癒し」は訪れてくれるのでしょうか。「支える会」で取り上げられる最後から二番目のテーマは、「これまでの私、これからの私」というものですが、このセッションの目的は、「本来の 私を振り返る作業なしに訪れることはない」ということに気付いていただくためのものです。人間はだれでも、自分なりの「ストーリー」を持っていると言われます。人生と言う長い時間をかけて築きあげてきた自分なりの考え方、物の見方、 人生観が、ここで言うストーリーですが、このストーリーは、人の人生を美しくも、価値あるものにもする一方で、ときには、人の心を閉ざし、成長を阻害する心の鎧、束縛としても働きます。

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鎧、束縛として働くストーリーは、自己弁護と自己正当化が得意ですが、自己弁護と自己正当化をしている限りは、「癒し」は訪れてくれません。真実の自分、真実の感情を見詰める時にのみ、癒された自分、また、癒しともなる自分が 現れてくるのです。死別の体験は、真実の自分と向き合い、自分を再構成するためのまたとない機会であり、その意味において、愛する人たちが残してくれた大切な愛の時間でもあるのです。
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悲しみを聞くこと
語ること、書くこと、
死別の悲しみはとても複雑なもので、何がどうしてこんなに悲しいのか、悲しんでいる本人にも、その実態がよくわからないことがしばしばあります。悲しみだと漠然と考えている感情も、仔細に見ると、そこには悲しさだけでなく、胸を 締め付けるような不憫さや切なさ、不安や恐れ、それに罪の意識やら自他に対するかすかな怒りの感情やらが複雑に絡みあっているのに気づきます。たった独りでこんな重く複雑な感情と向き合っていたら、ただただ圧倒された、出口の ない抑うつ感に押しつぶされてしまうかも知れません。
こんな時、同じ体験をした者同士が集う「支える会」のような場が、いかに有益であるかがわかります。それぞれの立場から率直かつ誠実に語られるさまざまな悲しみを聞くことで 、参加者たちは、複雑な姿をとる悲しみの種々相を少しずつ明らかにし、理解していくことができるのです。

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美しく立ち直るために
立ち直るのに必要なのは、「こだわる」こころではなく、素直な、自然な心なのです。「こだわりのない心」は、深くて自然な「気づき」を可能にしてくれますが、「こだわりのある心」は「気づき」に一番大切な「自然さ」や「自発性」を阻害 してしまいます。ですから、頭ではわかっていながら、身につかない、ということが起こります。
死別後の悲しみにも、心を癒し、力付けてくれるような「良質」な悲しみもあれば、自分をますます惨めにし、無力にしてしまう「悪質」な悲しみも あります。前者の良質な悲しみは、「支える会」などの場でよく見かける悲しみです。参加者の多くは伴侶の無念な死を切なく悼み、故人のためにしてあげられなかった数々のことを悔い、悲しんでいます。その人たちの悲しみが、自己中心性 とは反対の、自分よりは亡くなった伴侶をおもんばかっての悲しみであるからに違いありません。
それと対照的な悲しみがあるとすれば、それは「自己にだけかまけた悲しみ」、自己中心的な悲しみということになるでしょう。悲しみの本当の 原因が、伴侶の死にあるというよりは、一人残された自分の孤独感や寂しさにあるということはよくあることです。また、生前の夫婦関係を反映して、その悲嘆が亡くなった伴侶への怒りを色濃くする場合もあるでしょう。死別の悲しみは、自分

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だけが取り残された寂しさや孤独感やそれ故の怒りなどから発するのですから、これらの感情自体はむしろ人間的で、ごく自然は感情です。「自然」な感情は 素直に表現してなんら問題はなく、他人にも充分に理解され、表現することが自分の癒しにもつながります。
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伴侶に先立たれるということ
私はふとこんなふうに考えるのです。伴侶に先立たれるのは確かに悲しい出来事ではありますが、その悲しさに紛れ込んで見失っている大切な側面もあるのではないかと。それはこういうことではないでしょうか。こと伴侶に関する限り きめ細やかに、心から愛情を込めてその死を悼むことができるのは、残された伴侶を置いて他にないのではないかという事実です。思い出の一つ一つを大切にし、いとおしく、愛惜しっつ弔えるのは、子供たちでも、親類縁者でもなく、残された 伴侶以外にはありません。今生のその努めを果たすべく、密かに死者から託されたその努めをまっとうすべく、何気なく自分が残されたのだと考えるのは、途方もない空想にすぎないのでしょうか。

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Page 178
私の幸福感
ただ、時折、こんなふうに思います。私がいまそれなりに幸福だと言えるなら、それは妻の死という犠牲があったからではないのだろうかと。私に革命的とも言えるほどの人生観の変更を迫るものがあったとすれば、やはり妻の死で あったからです。二十年前のこの出来事がなかったら、愛することの意味も、人の悲しみへの共感も、これほど深く気付くことはなかったでしょう。一つの気付きは、それに連なる幾つもの気付きを引き起こします。私はかってなく、今日の私を あらしめてくれた肉親に感謝しています。戦後まもなく四十五歳の若さで肺結核に倒れた父、その後、女手一つで三人の子供を育ててくれた母、その母を父に代わって助けてくれた亡き兄、母の世話を一人引き受けて私に自由を許し続けて くれた妹、でも、私を助けてくれたのは肉親や友人知人だけではなかったことを、今の私はよく知っています。

↑ PAGE TOP妻の死の直後、新聞の死亡欄に目を走らせては、妻より も若くして亡くなった方々の年齢を確かめては、幾度不謹慎な慰めを感じたことでしょう。その後も、失望し、落胆するたびに、自分よりももっと不幸な人たち、もっと悲惨な出来事を見出しては、生きる勇気に変えていたのを覚えてます。
家の近くに、私がよく行く区の温水プールがありますが、小さな子供たちが集まるそこは、命溢れる小宇宙のようにも思えて、大好きです。プールの向こう端には、可愛いらしい沢山の子供たちがまるで蜘蛛の子のように群がっては、リーダーの 甲高い声に従って泳ぎの練習をしています。こちら側では、年若い父親や母親に付き添われた小さな男の子や女の子が、幸せそうにはしゃいでいます。そしてその中に混じって、やはり楽しそうに、幸せそうに、ハンディを背負ったお子さんたちの 屈託のない、いかにも幸せそうな様子が、私の悲しみを吹き飛ばすように、えも言われぬ幸福感で満たしてくれます。
演ずべきこれからの私のモデルがあるとしたら、それは百パーセントの幸福を求める自分ではなさそうです。命の喜びは 命の悲しみとともに在ることを知っている自分、そんな役作りに励む役者を、私はもうしばらく続けたいと思っています。

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